※BC(バックカントリー)で遊ぶには十分な装備、知識、経験が必要です。安全に注意し、レベルに合ったフィールドで楽しみましょう。
ネパール中西部 プタヒウンチュリ7,246m その5 頂上アタックから帰国
2014年9月16日

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ネパール中西部 プタヒウンチュリ7246m その4「ベースキャンプからキャンプ3編」

9月16日。久々のベースキャンプは気温も下がり、周囲の草も緑色から茶色に変わってきている。ここ数日、天気も安定しておりモンスーン明けを予感させる。エージェントからモンスーン期間中を提案され、当初は不安であったが、今となってみれば正しい判断であった。2日間ゆっくり休養してアタックに備えた。
(レポート/写真:林)
■9月21日
昨日C2入りして、今日はC3へ上がる。ガイドとの契約がC2までのため、ここからはすべての荷物を自分たちで運ばなければならない。ガスと食料をデポしているため、それほどの重量ではないはずだが、非常に体が重く感じる。2日間の休養では疲れが取れなかったのだろうか。デポ地点に立てた旗が見えてからがすごく長く感じた。
■9月22日
頂上からの吹き降ろしの風が夜中から強まり、飛ばされてきた雪によってテントが埋まりだす。2回雪かきをして、あまり寝られないまま2時のアラームが鳴った。風が強いため3時の出発を遅らせて4時30分に真っ暗な中、出発。正面から来る強い風と雪粒にめげそうになる。
頂上に日が当たりだし、うっすら明るくなってきたところで、ツエルトをかぶって日が昇るのを待った。ガスに火をつけて暖を取り冷え切った体を温めた。
稜線に近づいたところで風がやみ、暑くなってきた。頂上まで標高差で200mなので、不要なものをデポしていくことにした。荷物が軽くなった分少し楽になったが、スピードは上がらない。稜線にあがったところで、再び風が強くなり、厚い手袋をデポしてきたことを後悔した。風のため風紋が出来ていて、帰りの滑りは手強そうである。
何度ピークを越えたことだろう。精神的な疲労が体力まで奪っていくように感じる。敗退の2文字が鮮明に脳裏をよぎる。モンスーン期間中という不安要素の中、この2文字が常に頭の片隅に存在していた。振り返ってみると日数的にもう少しゆとりを持ってアタックできたはずである。防寒具をデポしてしまったのも失敗であった。敗退の理由をいろいろ考え始め、敗退することを正当化しようとしている。しかし、1ヶ月も家族とはなれてサポートしているガイドやコックの努力を無駄にするにはまだ早すぎる。天気も良く時間も十分ある。ゆっくりでも進めば必ず登頂できる。
プタヒウンチュリ7,246mはネパールヒマラヤの西の端である。ここより西には高い山は無く、低い山が永遠に続いているだけだ。今まさにその景色が眼下に広がっている。9月22日10時、プタヒウンチュリ7,246m登頂。
ダウラギリ8,167mからインド側は雲に覆われ、まだモンスーンの影響があるようだ。チベット側はどこまでも晴れ渡り、無数の山々が広がっている。ここまでを振り返ると、どこの山に挑戦するのか、エージェントとの交渉、航空会社の選定、装備を送るのか手持ちで行くのか、現地ホテルの予約、これらすべてが7,246mの頂上一点のためにあり、この一点に立つことによりすべての努力が報われる瞬間である。
十分山頂を堪能して下山にかかることにする。しかし、やはり風の影響があり、ハードパックされた部分と雪が飛ばされてアイスバーンの部分が交互に出ている。見た目で違いがわからないため、非常に危険な状態である。自力で下山できない状態になった場合、たとえガイドが上がってきても、下山は不可能であろう。ここはテレマークターンはあきらめ、安全に確実に下山することを選択した。
疲れたためC3にもう一泊することも考えたが、高所に滞在するほうが疲労がたまるため、C3を撤収した。C2まで降りると、我々が降りてくることを予想して、ガイドが待っていた。結局、全ての荷物をガイドが背負い、C1まで下山することになった。ここからの斜面は吹き溜まりも無く、どちらかというとアイスバーンに近いが、怪我のリスクはなさそうだ。荷物も無いためプタヒウンチュリでの最後の滑りを楽しんだ。標高差200mほどを快適に滑り、雪面がさらに硬くなったためアイゼンに履き替えて、安全を優先してC1へたどり着いた。
■9月23日
昨日は長い一日であった。C1まで降りてくる予定ではなかったが、標高を下げたおかげで朝9時まで熟睡することが出来た。ガイドのパサンとコックのジャスコマが荷下ろしのために来てくれた。ジャスコマが作ってくれた朝食を取って、我々は先に空身で下山する。ベースキャンプからは山頂しか見えなくなるので、何度も振り返り、プタヒウンチュリの雄姿を目に焼き付けた。
■9月24日
今日、ヨーロッパの大きなチームがベースキャンプ入りするということだ。そのチームが荷揚げに使ったヤクで、明日、下山することになった。国際線の重量制限に合わせるため、カトマンズで再パッキングが必要なので、今回は簡単にパッキングをした。夕方4時過ぎにオーストリア、イタリア、ドイツのミックスチームが到着した。彼らの登山期間は11日間ということだ。
■9月25日
9月4日にベースキャンプに入ってから22日目、プタヒウンチュリのベースキャンプを後にする。快適なキャンプ生活を送れて、登頂出来たのも、献身的なサポートをしてくれた(左から)ガイドのパサン、コックのジャスコマ、キッチンボーイのコンブーのおかげである。海外登山において、いかに日本人の口にあった食事が提供され、体力を維持できるかが大きな鍵となる。彼らには感謝である。
完全にモンスーンは開けたようである。ベースキャンプへ向かう時はガスの中で景色が見えなかったが、今はすばらしい景色が広がっている。

■9月26日
今日はカコットで休養のため、村に行ってみた。小川の脇に小屋があり、中では水力によって石臼が回っていた。ピンク色の花をつけたそばがここで挽かれているのだ。その後、茶店に行って、ヤクのミルクから作ったバターとお茶を、長い筒に入れて棒を上下に動かして混ぜたシェルパティーと、そばがきを辛子汁につけて食べたりと、現地の生活を窺うことが出来た。
■9月27日
カコット出発である。およそ1ヶ月間にわたり文明から離れていると、早く戻りたいという思いと、相反する思いが複雑に交差している。しかし、頂上からの滑降は見送ったものの、穏やかに晴れ渡った頂上に立てたため、晴れやかな気持ちで次への遠征を想像しつつ、帰路へついた。
海外の高峰登山は、山の選定から計画、実施まで、非常に長い時間と根気が必要になる。しかし、多くの時間と労力を一つの山に費やせば費やすほど、成功したときの達成感は計り知れないものがある。しかも情報が少ない山であればなおさらである。一度味わうとこの達成感はやめられない。さて、次はどこに行こうか!