※BC(バックカントリー)で遊ぶには十分な装備、知識、経験が必要です。安全に注意し、レベルに合ったフィールドで楽しみましょう。
2013年K2遠征その⑨_アタック
2013年7月26日

前の記事:2013年K2遠征その⑧_高度順化・C3設営

7/22~7/23 各隊で気象予報を持ち寄り協議した結果、7/29に向けて天気は回復していき7/30には崩れ始めることから、7/29を予備日とし、山頂へのアタックは7/28に決定した。よって、天気が回復する前だか、7/24にはBCを出発しなければならない。
(レポート:小谷部、写真・動画:栃木K2登山隊2013)
7/24 風こそないが雪が舞いBC周辺も久しぶりに真っ白となる。山頂アタックを好天に合わせるため、こんな天気でもC1へ行かなければならない。なお、今朝の私はSPO2:83%、心拍:99。ここにきて、ようやくBCでの測定値が他隊員と同じくらいまで上がってきた。

アタックへ出発前のお祈り。アッラーの神に登頂と無事を祈る。
アタックをあきらめた副隊長とBCサポートの女性隊員2人、キッチンスタッフ3人に見送られ出発。

アタック前の休養で一週間ほど歩いていなかったが、セラック帯の状況は前回歩いた時と比べだいぶ変わっていた。特に変動の激しいエリアはズタズタのクレバスが広がり、フィックスロープを掴みながらカチカチのナイフエッジを渡った。
ABCのテントは思ったより雪で埋まっていた。掘り出して、テントにデポしているハーネス等の装備や食料をザックに詰める。

朝の雪はセラック帯を通過するまでが一番ひどく、その後は降ったり止んだり。ルート上の新雪は少なく、雪崩れるほどではない。C1まで各自のペースで登って行く。
15時過ぎにC1到着。見た目より傾斜があり、デコボコで寝苦しいC1テントの寝床も今日で最後だ。
我々はC1泊まりだが、シェルパ達は1日先行してC4へのルート工作をするため、15時を過ぎているというのにC2へ向かって登って行った。普通ならもっと早く登るはずだが、アタック用の酸素などを大量に担いでおりペースが遅い。暗くなる前に着けるだろうか。
7/25 昨日と同様、パッとしない天気。様子を見つつ8時過ぎに出発。
2P目で他隊のメンバーの1人が、アイゼンが外れ立ちて往生。なかなか取り付けられず急斜面で場所も悪いことから、修理のため一旦C1までおりていく。この先、こういうトラブルが生死を分けかねないので気を引き締める。
今期K2の山頂を目指す全隊が一気に登るため、1本のロープに数人連なることもしばしば。しかし、全員で40人弱くらいしかいないため多少渋滞するが、あまり待たされることはない。
ハウスのチムニー手前の小岩壁乗越し。雪も降ったり止んだりで一向に回復するように思えない。


ハウスのチムニーの登り。今遠征3回目で慣れてきたが、登りのきつさは全く変わらない。
C2に到着すると、スイス隊が今期のアタックをあきらめテントを撤収し下山していった。先行してC3を目指していたシェルパから、雪が多くC3のテントまで行けないとの情報が入ったらしい。C3付近は傾斜が緩まり広大な雪原のようになるのだが、4日前に膝~もも程度であった雪が胸まで増え、ラッセルがきついのはもちろん雪崩のリスクが非常に高まり、C3のテントまで近づけないらしい。スイス隊に同調し、スペイン隊も他隊へ下山を促すように「フィニッシュ」を連呼して下りて行った。
我々は今から下山は時間的に無理なうえ、自分の目で確認したい気持ちもあり、様子見でC2にとどまることにした。そして、つぶしていたテントを再度設営するも、テント生地が雪面等に張り付きなかなか剥がれない。無理に引っ張ると生地が破れかねないので、丁寧に時間をかけゆっくりはがす。風等でテントを壊されないためとはいえ非常に面倒くさい。
また、晩にハイポーター1人の具合が悪くなり、酸素吸引させる事態が発生。我々も下山の方向へと流れが大きく傾いていく。
7/26 予報通り天候が回復し晴れる。しかし、ハイポーター4人は、明るくなるとすぐに体調を崩した仲間をサポートしながらBCへ下山していった。これで、このタイミングでのアタックは完全になくなった。昨日下山せずにC2に残っていた他隊も順次下山していき、シェルパが撤退を決めた雪の状態を見たい気持ちもあるが、8時半頃最後に我々も下山を開始する。
ハウスのチムニー下の平坦地に下りると、そこに泊まっていたニュージーランド人ガイドの親子2人は、これからC3へ行くと言う。シェルパの言うこともわかるが自分の目で見て判断しないと納得できないと2人だけで登って行った。BCに戻ってから、彼らがC3へ順調に雪壁を登る姿を確認できたが、それ以降姿を見ることは無く夕方の無線交信を最後に、消息を絶ってしまった。後日C3へシェルパが様子を見に行くと、C3は大規模な雪崩でテント等全てが流されており、おそらく彼らもこの雪崩に巻き込まれてしまったのだろう。

下山途中に大きな音がしたので、対岸を見ると特大の雪崩が発生していた。ここまで大きいものは少ないが、雪崩は毎日あちこちで発生している。毎日見ていると慣れてくるもので、目の前で雪崩があっても自分のところへ来なければ、何とも思わなくなってしまった。
フィックスロープが終わりABCへ最後の斜面に入ると、雪面が溶けて川のように水が流れていた。2009年のアタック時は6日間連続好天で、かつ時期も1週間ほど遅かったにもかかわらず、ここまで融けることはなかった。ここも地球温暖化で暖かくなってきているのだろうか。
ABCには、キッチンスタッフがポットを持ってわざわざBCから迎えに来てくれていた。温かいジュースとクッキーを食べ一休み。セラック帯のルートが変わっているため、ここから彼の案内で下山する。
2日前通過したナイフエッジのような場所は通過できなくなっており、フィックスロープは大きく迂回するように付け直されていた。ここまでズタズタになると、何らかの目印が無ければどこを通れば抜けられるのか全く分からない。

ズタズタの危険地帯を通過した後は、目印が乏しくなりルートが分かりにくくなる。そして案内人のキッチンスタッフは、今まで踏み込んだことの無い左へ左へと進んでいき、見たことない水路地帯に出てしまった。水路は落ちたら生死にかかわるので、できれば渡りたくない。ところが、キッチンスタッフは周囲をキョロキョロ見回した後、さくっと水路を渡ってさらに左へ行ってしまった。どうやら彼も来た道が分からず迷っているようだが、ここで渡ると水量が増え幅も広くなる下流でもう一度渡らないと戻れないのを分かっているのだろうか。幸い、下流で偶然にもスノーブリッチがあり簡単に渡れたが、下手すると渡れず戻るは羽目になるところであった。
そして16時過ぎに無事BCに到着。

7/27 シェルパ達と再アタックについて話し合うも、彼らはC3の雪の状態悪く今期は諦め下山するとのこと。我々も今の状態を考えると単独でのアタックは無理と判断し、BCを去ることに決めた。後でわかることだが、C3の我々のテントや酸素は雪崩で流されており、どのみち再アタックは無理であった。

⇒BCでの生活その他に続く