※BC(バックカントリー)で遊ぶには十分な装備、知識、経験が必要です。安全に注意し、レベルに合ったフィールドで楽しみましょう。
2013年K2遠征その①_出国からアスコーレまで
2013年6月3日


世界第2位の高峰K2(8,611m)は、パキスタン北東部と中国との国境にあるカラコルム山脈にあり、ネパールと中国との国境にあるヒマラヤ山脈のエベレストとは1000キロ以上も離れている。
またモンスーンの影響がエベレストと比べ少なく、登山適期もエベレストの春(4月~5月)、秋(9月~10月)とは異なる夏(6月~8月)となるため、今遠征も真夏の7月末頃山頂に立てるよう計画された。
(レポート:小谷部、写真:栃木K2登山隊2013)
6/3 隊員8名、大勢の人に見送られ成田より出国
今回のK2遠征は栃木隊。神戸から遠く離れた栃木でなぜと思うかもしれないが、4年前一緒にK2南東稜のC4(7,900m)に立った北日本隊の登攀隊長が栃木隊の人と知り合いで、栃木隊で一緒に4年前のリベンジに行かないかと声をかけてくれたことによる。
なお、栃木隊のメンバー8名の内、私を含め3名は4年前の北日本隊のK2遠征メンバーだった。
パキスタンへはパキスタン航空を使用。しかし、折り返し便の大幅な遅れにより14時から21時40分へ7時間40分の遅れ発生。この後さらに遅れ結局22時過ぎに成田を飛び立つ。4年前のK2遠征時も4時間程遅れたので、パキスタン航空は遅れると思った方がいいみたいだ。では他の航空会社は無いかというと、タイ航空、マレーシア航空、エレミーツ航空等でパキスタンへ行けるが、いずれもバンコク、クアラルンプール、ドバイ経由の乗り継ぎで、直行便は無い。
イスラマバードでは酸素ボンベ、ガスカートリッジ等のパキスタン手配装備や日本からの別送荷物の確認を行う。
特に酸素ボンベは、私も参加した北日本隊が4年前に残したものを含め中古の酸素ボンベを使用するので、レギュレーターで残圧を確認し酸素が十分残っているもののみを選別する。
中には、弁が劣化しているものもあり、レギュレーターを装着したら最後、弁がもとらず酸素が残らず放出されてしまうものもあった。
確認した圧力をボンベに記入し、軽量タイプの酸素ボンベから必要数量を選んで購入するが、数量が足りないので重いタイプの物も数本購入する。
本来なら、エージェントに新品を数本用意するようにリクエストしていたので、重いタイプの酸素ボンベは持って行かなくてもよかったはずだが、我々の意図が通じて無く準備されていなかったのでしょうがない。
隊員が装備チェックを行っている間に、隊長は立派な陸上競技場内にあるパキスタンの山岳会事務所での登山のブリーフィング、リエゾンオフィサー(管理官)との契約、緊急時のヘリ使用契約(アスカリ航空)に行ってくる。
空き時間は宿の近くの売店で買い物
ミネラルウォーターやコーラ、小腹を満たすお菓子などを購入
昼は外のレストランでランチ
テーブルの上には大量のハエがいたが、天井のファンを回すとあっという間にいなくなった。
4年前の遠征ではホテルから出歩かないように注意されたが、今回は近くのバザールまで歩いて行っても良いとのこと。ガイドの案内で、みんなで絵葉書などを買いに行く。
イスラマバードを出発する前日、登山の安全と成功を祈りにサーファイサルモスクへ行く。
モスクの敷地内へは靴を有料で預け裸足で入る。我々はムスリムではないので、建物内のお祈りの場には入れない。外からガイドの指導でイスラム式のお祈りをする。また、モスクは多くの人であふれかえっており、外国人が珍しいのか一緒に写真を撮ってほしいと次から次へとせがまれた。
6/8 パキスタンに入国してから5日目にしてようやくスカルドへ向けて出発。バス移動で時間がかかるため早朝4時に出発する予定だったが、途中で合流予定のリエゾンオフィサーと連絡がつかない。4時間ほど待たされようやく出発。この遅れで本来なら午前中にとっくに通過しているはずの、この峠のビューポイントも13時を過ぎてしまい、ベシャームの先のチェックポイントでは時間が遅いからと危うく戻されるところだった。
20時頃、カラコルムハイウェイ沿いの食堂にてトイレ休憩。
今晩の宿があるチラスまでは、この後2時間ほど走り22時過ぎにようやく到着。遅い食事をとりシャワーを浴びようとトイレ兼シャワールームに入ると突然の停電で真っ暗に。シャワーを諦めてすぐ寝る。
翌日、8時過ぎに宿を出発。途中ナンガパルパッドのビューポイントで写真撮影。この時はあの山の麓であんな大事件が起こるとは思いもしなかった。
三大山脈ジャンクションのビューポイント
インダス川とギルギット川の合流点でインダス川の左岸にヒマラヤ山脈、インダス川とギルギット川の間にカラコルム山脈、ギルギット川右岸がヒンドゥークシュ山脈となっている。
三大山脈ジャンクジョンポイントの先でカラコルムハイウエイと別れ、インダス川に沿ってスカルドへ向かうが、この道が両岸切り立った険しい道で怖い。そんな、険しい所にも家と畑があり人が住んでいる。
スカルドのホテルへは18時過ぎに到着。狭いバスに揺られること昨日14時間、本日10時間の長丁場で疲れた。翌日は休息日としホテルの中庭でのんびり過ごす。
スカルドには休息と準備で4日程滞在。空き時間にはバザールへ出かけて個人的なものを購入。
散歩がてら近くのK2博物館のあるホテルへ行くと、地元の記者からインタビューを受ける。私ではなく英語が一番話せるメンバーが対応したが、内容はK2とは全く関係の無い地元スカルド産果物の出来具合の感想だった。夕方のニュースで流れるかもということでホテルのテレビでチェックしたが残念ながら映ることはなかった。
衛星携帯電話スラーヤのネット接続がうまくいかない。ホテル内はWi-Fiでネット接続可能なので、今は連絡に不自由しないが、このままではスカルドを出ると通話以外に情報のやり取りができない。原因はRS232CとUSBの変換ケーブルにあるようだが、スカルドのバザールで調達したケーブルでもうまくいかず、ちょっと手詰まり状態。衛星携帯電話をUSB接続可能な最新機種への変更(購入)を考え始める。
スカルドからキャラバンの入口のアスコーレ村までは、ジープで移動。しかし、このジープ道が非常に険しく、常に落石、崩落の危険と川への転落が付きまとい非常に怖い。もしかしたらK2遠征で一番怖いかもしれない。しかも今年は崩壊によりジープが進めない場所が2ヶ所あり、乗り換えを余儀なくされた。なお、乗り換えのジープが少なくピストン輸送となり最初の崩壊地では小一時間ほど待たされた。
アスコーレ村手前の崩壊場所。通過時も側壁上部から流れ込む水により崩れ続けていた。ここから村までは近いのでジープを待たずに25分程歩いてアスコーレに到着。
アスコーレのキャンプ場。
本日はここに泊まり、明日からキャラバンでBCを目指す。

⇒キャラバン編(アスコーレ~パイユ)へ続く