※BC(バックカントリー)で遊ぶには十分な装備、知識、経験が必要です。安全に注意し、レベルに合ったフィールドで楽しみましょう。
知床半島徒歩一周コースタリング
2012年8月13日

※知床半島先端部は原始の自然が残る地域で、立ち入りには貴重な自然環境への配慮と、
 すべての事象を解決する体力・技術・装備が必要となります。

 知床半島先端部への立ち入りを計画される場合は、
 知床半島先端部地区利用の心得「シレココ」および「ルサフィールドハウス」で
 必要な知識と最新の情報を確認の上、自然環境の保全とあらゆるリスクへの対応に必要な準備を行ってください。
日本の誇る世界自然遺産の知床半島。北半分の60数キロの海岸は道もなく、険しい海岸線が続く自然が色濃く残る秘境だ。相泊から知床岬まで、東側の海岸をたどるルートは上級者向けのコースタリング(海岸トレッキング)コースとして知られているが、西側を含めた一周ルートを試みる人はほとんどいない。
お盆休みの休暇を利用して、道なき海岸線をすべて徒歩でぐるりと辿る半島一周を試みた。(レポート:相川 写真:板倉、相川)
8月13日:天候 雨
ルシャ川河口(13:00)-ルシャの番屋(13:30)-タキノ川河口C1(15:10)
「できれば遭いたくないけど、全く遭わないのはそれはそれで寂しいよね。」
もちろん、ヒグマのことだがそんなことを話し合っていたのは一瞬で杞憂に終わった。海岸線に出て、すぐに左手の波打ち際に巨大な獣。今回のヒグマ第一号だ。
半島一周の実質的なスタート地点、ルシャ川の河口到着は13:00。このあたりはヒグマの多発地帯のようで、進行方向前方にいたヒグマが走って逃げて行ったと思ったら、右手斜面に別のヒグマ。左手の海岸にはヒグマの親子が。相手も明らかにこちらに気づいているはずだが、堂々としたものだ。右もヒグマ、左もヒグマ、その間をそっと通過する。
ルシャの番屋に挨拶をして、いよいよ道なき海岸線に踏み出す。
番屋を越えて間もなく、再びヒグマ。だんだんわかってきたが、彼らのわれわれに対する感情は、恐れか、さもなくば無関心だ。出合頭さえ避けるようにすれば、そんなに危険な生き物ではない。
すぐに始まる知床らしい海岸風景。初日の行程は、特に困難な場所はない。
タキノ川河口に15:10着。タキノ川はその名の通り、河口のすぐ上で大滝となって落ちている。晴れていれば素晴らしく風光明媚な場所だろう。
川のすぐ横に番屋があるが無人。西海岸の番屋は、ルシャの番屋の先はどれも無人であった。夏場は不在の場合が多いとは聞くが、完全に放棄されているものも少なくない。年々数は減っていくのだろうか。
8月14日 天候:雨のち晴れ
タキノ川河口C1(7:00)-カシュニの滝(8:45)-カパルワタラ(10:00)-無名岬(10:50)-マムシの川C2(12:00)
本日は全行程中、核心となることが予想される日だ。あいにくの天候の中、朝7:00にキャンプを出発する。しばらくはゴロタ岩の海岸歩き。前方に第一の難関、鮹岩の岩場が見えてくる。
ひたすらへつりながら岬を回り込むと…、その先はどうにもへつりようがない。覚悟を決めて泳ぐことに。
短い泳ぎ×2、やや長い泳ぎ×1で難所を通過。
続いてはカシュニの滝と岩場だ。滝はあっさりと滝裏を通過することができた。
メガネ岩をくぐると、洞窟の中に吸い込まれそうな色の深淵。当たり前だが汚れる要素もなく、水は限りなくきれいだ
カシュニの岩の上に、オジロワシと思われる鳥が。写真は撮りそこなう。
最後に、短い泳ぎをもう一回入れてカシュニの岩場を越えた。
最後の難所はカパルワタラか…と予想していたが、近づいてみると普通に地続きになっており、容易そうに見える。
コルの部分に番屋があり、コンクリートの壁を乗り越えてカパルワタラはあっさり通過できた。番屋はやはり無人。
これで本日の難所は終了!と思っていたが、前方に見える名もない小さな岩場が、意外と悪そうに見える…
南面をなんとかへつって岬を回り込むと…
へつりでの通過がほぼ絶望的な様子。仕方なく、ぎりぎりまでへつって飛び込み、後は泳ぐ。思いがけないところに本日最長の泳ぎが待っていた。
後はC2に向けて歩くのみだ。右手に見事な柱状節理の断崖が見える。
途中、二人組のシーカヤッカーが上陸してきて、短く話を交わした。前方にヒグマが2頭いたとのこと。
本日のゴール予定地、ポトピラベツ川に着くが、何と濁流。少し足を延ばして、マムシの川を本日のキャンプ地とすることにした。流水も近く、平らな大岩がナイスな寝床になりそうで非常に快適なキャンプ地だ…と思っていたのだが。
14:00過ぎ、すっかりリラックスしていたところで、ふと気付くとキャンプの目と鼻の先にヒグマの親子が。こちらの存在には明らかに気付いているのだが、悠々と近づいてくる。
笛を鳴らしても全く反応せず。最後の切り札、と思ってきた爆竹も鳴らしてみる…が全く動じる様子はない。打つ手がなく、ただ眺めていた僕らの横を、キャンプに目もくれずにヒグマの親子はゆっくりと通過していった。
その夜は快晴。
素晴らしい星空が広がった。ちょうどペルセウス座流星群がまだ活動している時期。夜空のそこかしこに流星が飛び交っていた。
8月15日 天候:晴れ
マムシの川C2(5:45)-レタラワタラ(6:35)-イタシュベワタラ(8:00)-メガネ岩(10:50)-ウトロ漁港(11:36)-知床岬(12:40)-赤岩の番屋C3(14:50)
今日は朝から快晴。いくつか難所が予想されるものの、できるだけ今日中に距離を稼いでおきたい。朝イチでキャンプに近付いてきたヒグマを笛で追っ払い、5:45にC2を出発する。
初めは大岩が積み重なったような海岸が続く。視界が利かないため、ヒグマとのはちあわせが怖い。案の定、出発間もなく、昨日の親子と思われる2頭のヒグマに近距離で遭遇。相変わらず、人間を意にも介していないようで、助かった。そのすぐ先にもまた別のヒグマ。
難所か、と予期していたレタラワタラは浅い磯で歩いてあっさり通過。
続くイタシュベワタラ。
短い泳ぎの後、岬を回り込むと、すぐに一頭。少し先でもう一頭のヒグマ。磯場にはクマはいないものかと思っていたのだが、意外と海のものを食べているようなのだ。うち一頭のクマは、登れるか?と聞かれたら即座に無理!と答えるような悪い岩場をフリーソロで登って逃げて行った。正直、クライミング能力でもかなわないことにはちょっとショックを受ける。知床に、クマから安全な場所などどこにもないのだ。
さて、アウンモイ川を越えた先の延々と続く岩場が本日最大の核心、と予想していた。最悪、巻き上がって台地の上を藪こぎか、と覚悟していったのだが、予想に反して、美しい磯場が延々と続く、楽園のようなところであった。うれしいサプライズだ。
ポロモイ川を過ぎ、半島の北端まで続く最後の岩礁帯に入る。ヒグマが2頭、僕らの接近に気付いて走り去って行った。うち一頭は、大分離れた場所でちょこんと座って、こちらの様子を眺めている。その姿には、危険な生き物であることをすっかり忘れてしまう愛らしさがあった。
知床半島の北端近くは、浅い暗礁、もしくは磯場が延々と続いているようだ。カヤックでは厄介なところかもしれないが、歩きには嬉しい。美しい風景の中、足取りも軽い。メガネ岩を越えれば、ウトロ漁港は近い。
ウトロ漁港は突然現れるしっかりとした漁港。もちろん、道などが通じているわけではなく、漁港だけがぽつんとあるのだ。厳しい半島の自然の中にあって、漁業従事者にとっては大事な安全地帯なのだろう。
知床岬北端近くは、比較的容易なことが分かった。ウトロ漁港からは、草原に上がって知床岬を目指すほうが簡単だが、せっかくなのですべて海岸沿いに知床岬までつなぐことにした。短い泳ぎが一回あっただけで、楽しい磯歩きが続く。
12:40、地の果て(シリエトク)のなかの最果て、知床岬に到着!完全に海岸線をつなぎ切った。
岬近くの台地上は気持ちの良い草原。
草原上の踏み跡を適当につないで進むと、前方眼下に赤岩と数件の番屋が見えてきた。本日のゴール地点だ。降りやすそうな場所を見つけて再び海岸へ。台地上でも、3頭のヒグマに遭遇した。本当にどこにでもいる。
赤岩の一番手前の番屋を通過しようとすると、おばあちゃんが一人、コンブ干しの作業をしており、しきりに何か声をかけてくる。近づいて話をすると、泊っていくように熱心に勧めてくる。天候の悪化も予想される状況だったので、ご好意に甘えて、今夜はここでお世話になることにした。
おばあちゃんは、87歳。52年も前から、この番屋に通っており、90歳になるまでは頑張るのだとか。
コンブ干しを少し手伝ったり、話を聞いたりしながら、時間を過ごす。
その夜は、カラフトマスの塩焼きと、カツカのスープをごちそうになり、さらに翌日は採りたてのスジコまで頂いた。
8月16日:天候 雨のち晴れ
赤岩の番屋C3(8:45)-カブト岩(9:50)-念仏岩(10:17)-滝ノ下の番屋(10:45)-ペキンノ鼻(13:10)-モイレウシ川河口C4(15:00)
おばあちゃんは旅人と話をするのが好きなのだろう、朝も話が弾み、すっかり長居をしてしまった。もっともなまりのきついおばあちゃんの話は、僕には1/3くらいしか理解できていなかったのだが、北海道に親類の多い板倉はかなり理解してようだ。
もっともこの日は、北海道全域で大荒れの予報が出ていた日。天候の回復は早いようで、のんびりと出発することにする。
番屋の犬に導かれて、出発。
東海岸は、海岸トレッキングコースとしてそれなりに歩かれており、西海岸に比べれば難易度は低い。難所にはたいてい巻き道が付けられているが、濡れることさえいとわなければ、水線沿いのほうが、逆にリスクが低かったり、時間も短縮できる個所も多く、状況判断が必要だ。
赤岩を出て間もなく現れるカブト岩の岩場は、東海岸の難所の一つ。巻き道ははるか高みまで突き上げており、海岸沿いのルートを選択する。
ほぼ、へつり切ったと思ったところでどうにも越えられず、ワンポイント泳がざるを得ない場所に行き当たった。波が高く、リスクが高いと判断して、PFDを装着し、フローティングロープを使ってバックアップを取りながらの泳ぎとなった。
しばらく海岸歩きの後、前方に念仏岩の岩場が見えてきた。巻き道もあるが、いかにも悪そう。ここはわずかな泳ぎで容易に突破できる水線際ルートのほうがおススメだ。
長い海岸歩きが続くが、女滝、男滝の2本の大滝がアクセントとなって楽しませてくれる。いずれも、単独で存在しても十分立派なほど。写真は男滝。
天候は若干回復の兆しが見えてきた。ペキンノ鼻付近は気持ち良い草原だ。簡単な巻きで通過できる。
メガネ岩、剣岩ともに通過は容易。時間に余裕があったので、途中の磯場で一時間ほど磯遊びをして本日のキャンプ地、モイレウシ川の河口を目指す。
モイレウシ川の河口は、風光明媚な湾。天候はすっかり回復し、美しい夕焼けを見せてくれた。
カラフトマスを狙って少し竿を出してみるがアタリはなし。
装備の塩抜き、乾かしをすっかり済ませて快適なキャンプの夜を過ごす。
8月17日:天候 晴れ
モイレウシ川河口C4(6:45)-観音岩(9:17)-相泊(10:50)
朝起きて見ると、カラフトマス狙いの釣り師がビーチに沢山いてびっくり。早朝に渡し船でやってきたようだ。
本日の行程は、地形的にはさしたる悪場はない。願わくば、すっかり塩抜きを済ませているので、ドボンしないことを願うだけだ。スタート間もないタケノコ岩の岩場の難所は、気合でへつり切る。
羅臼側の海は昆布の海だ。
板倉が昆布で足を滑らせてドボン。僕らにとってはバナナの皮以上に滑るし、足に絡みつく厄介なものだが、この海で暮らす漁師にとっては大事な宝物。
最後の岩場、観音岩は快適な巻き道が付いている。通常、あとはゴールの相泊までの簡単な歩きをこなすだけなのだが…
途中出会ったトレッカーの情報で、今回は意外な難所がゴール前にあることを知った。
相泊手前の崩浜にクジラの死体が打ち上げられ、そこにヒグマが餌を求めて大量に集まっていると。
いざ、行ってみると真昼間だったことも幸いし、ついているヒグマは一頭だけだった。こちらが近づいていくと、未練がましくしばらくクジラの周りをうろついた後、退散してくれた。その先にもう一頭いたが、こちらもすぐに退散。
相泊手前はちょっとした番屋街になっている。コンブ干しの真っ最中であった。
10:50、相泊にゴール。
車のあるウトロまでの移動を、どうするかが懸案だったが、たまたまそこに居合わせた笠井さんという単独の旅行の方に、わざわざウトロ側まで車で送って頂くことができた。この場を借りて大感謝!
<技術メモ>
泳ぎをどうするかがポイントだったが、短い泳ぎはPFDをつけて荷物を背負ったまま泳ぎ、長い泳ぎはザック浮き袋で問題はなかった。沢での技術がそのまま使える。念のため、ロープも持参。
水は冷たく、水着での泳ぎは厳しい。フラッドラッシュ+アクティブスキンにアウター着用がちょうどよかった。
シューズはラバーソールの沢靴がおススメ。
今回は、難所では天候に恵まれ、干潮時をできるだけ狙って難所を通過するようにしたため、比較的順調に進めたが、天候や潮位によってはかなり厳しい状態になるいことも予想される。潮の満ち引きも考慮の上、スケジューリングすると良いだろう。
<ヒグマについて>
ヒグマには5日間で25頭に遭遇。大きな川の河口などに多いが、北西部の磯場もかなり多かった。基本的には、クマから安全な場所はない。
こちらの存在に気づけば、そっと逃げて行ってくれるヒグマが多く、出合頭を避けるためにもクマ鈴は必須。新鮮な糞を見て、間もなく遭遇、というパターンも多く、気配を感じたらホイッスルを併用して進んだ。
ただし、ヒグマの性格もまちまちのようで、鈴や笛を鳴らそうが、爆竹を鳴らそうが全く動じない個体もいる。そのような個体は、基本こちらに無関心で、そっと刺激しないようにして、通り過ぎるのを待つしかなかった。