※BC(バックカントリー)で遊ぶには十分な装備、知識、経験が必要です。安全に注意し、レベルに合ったフィールドで楽しみましょう。
台湾・大崙渓遡行
2011年4月28日

大ゴルジュの先には何が?
2011年GW、 台湾東面の大渓谷の一つ、大崙渓を9日間かけて遡行した。
(レポート:相川 写真:相川、橋本、木下、小坂)

これまでの常識が覆される。
初めて挑んだ台湾の沢は、まさにそんな経験の連続だった。
ここに来るまで、国内の大きな沢・困難な沢を数多く遡行し、十分な実力と経験をつけたという自信を持って挑んだ大崙渓。しかし、その渓相の美しさ、そのスケール、そしてこれでもかという徹底的な厳しさは、これまでの自分の経験がちっぽけなものだったことを思い知らされるのには十分なものだった。
極めつけの体験は3日目の朝にやってきた。
前日、大雨の中迫りくる夕闇にせきたてられながら、折り重なった岩の迷路を抜けなんとか見つけたビバーク地。そのビバーク地を囲んでいた家ほどもある大きさの岩が、突然轟音とともに動きだしたのだ。たき火を囲んでいた広場は真ん中からぱっくりと地割れし、砂が地面に吸い込まれて行く。つい先ほどまでメンバーの一人が寝ていた場所に冷蔵庫ほどもある岩が突き刺さる。絶対安定していると誰もが思った岩小屋はこの谷から見たら、ただの浮き石の集合にすぎなかったのだ。全員無事に脱出ができたのは、幸運だったとしか言いようがない。

台湾は、知る人ぞ知る山岳天国だ。九州程度の広さの国土に、100をゆうに超える3000m峰が密集。険しい地形は特に東海岸寄りに固まっているため、東海岸には、流程30kmを超え、巨大なゴルジュに守られた大渓谷がいくつも存在する。今回選んだ大崙渓もそんな大渓谷の一つだ。
台湾の沢は30年ほど前から、「海外遡行同人」のメンバーが中心となって精力的な開拓が行われてきた。この大崙渓も18年前に遡行されており、上流部に未遡行区間を残し完遡はされていないとはいえ、すでにパイオニアワークとはいえない。しかし今回のメンバー7人のうち、私も含め一人を除くすべてのメンバーが台湾の沢は初体験。偉大な先達たちが台湾東面の大物遡行の初期にターゲットとして選び、大渓谷遡行への自信を深めていったこの沢にもう一度挑む価値はあるだろう。何よりも次の川の曲がりを、大岩を超えた先にいったい何があるのかというワクワク感。その沢登りの本質的な楽しみが、18年前に一度遡行されただけで、そうスポイルされるわけではない。

大崙渓は流程45km。初日こそ河原歩き中心だが、2日目から4日~5日間にも亘って断続的にゴルジュが続く厳しい渓相だ。最後に未知の源流部分が残っているが、衛星写真と地形図から判断して、この部分にも何らかの悪場が予想された。詰めは台湾百岳の一つ、卑南主山に突きあげる。下山も一筋縄ではいかず、丸一日かけて北へ小関山まで縦走し、そこから長い林道歩きが待っている。総距離で90km、トータルで早くて9日、長ければ12日程度かかることが予想され、十分に軽量化を試みたとはいえ、スタート時の各自の荷物は25kgを超えていた。
入渓してまずは、圧倒的な高さに聳える側壁に驚き、そしてちょっとした渡渉でも、気を抜けば簡単に押し流されてしまいそうな水圧に渓の大きさを実感した。
いたるところから温泉が湧き出す石灰岩の大ゴルジュ。挑む気持ちをあっけなく打ち砕く、強烈な通らず大滝。終わりの見えないとんでもない大高巻きもあった。ビルを積み重ねたような巨岩帯。しかもその石が浮き石だったという驚き。そしてもちろん、膨大な水量をたたえ、延々と続くゴルジュ帯が果てなく続く。

毎日が驚きと緊張に満ちた新しい体験の連続だ。しかも、翌日もやはりそれ以上の体験が待っているので、次第に初めのころの記憶が遠い昔のことのように思えてくる。
6日目。18年前の先達が時間切れで辿れなかった本流の未遡行区間に突入する。わかっているのは、衛星写真による「谷幅が異様に広く白く見える場所」と地形図で分かっている「谷幅が狭く急激に高度を上げる場所」がある、ということだけだ。はたして、「白く見える場所」はそのまま、異様に広い河原であった。周囲の山という山で大規模な崩落が起こり、谷を分厚く埋め尽くしていたのだ。これだけ山深い場所に、滑走路でも作れそうな巨大な広場が広がっていることに驚嘆する。
残る最後の難所はどのような姿を見せてくれるだろうか。標高2500mを超えるこの場所、水はすでにかなり冷たく、強烈なゴルジュであったらなかなか厳しいことになることは容易に予想できた。期待はたいてい厳しいほうに裏切られる台湾の沢。しかし最後は良いほうに転がってくれた。待っていたのは空に突き上げるような爽快に登れる連瀑帯であった。大崙渓最大の50m滝のおまけもついて。
7日目の午後。日本の山と変わらない穏やかな源流を詰め上がると、ふいに広々とした草原に飛び出した。ここ二日ほど、なかなか近づかずずっと遠いままなんじゃないかと思った卑南主山は、すでに目と鼻の先であった。数々の困難を乗り越えた7日間。誰もが草原に身を投げ出し、「大崙渓完遡」の喜びにしばし浸った。本当のゴールはまだまだ先で、この後、厳しい下山路が待っていること、そして下山後も台湾の遡渓の先達の強烈なアルコールゴルジュに飲まれて行くことを、このとき私ははまだ知らない。

深い満足感と、「岩小屋が怖い」というトラウマを残して、初めての台湾遡渓は幕を閉じた。
このレベルのスケールの沢が、台湾にはまだまだたくさんあるという。そして、まだ未遡行の大物もいくつか残されている。またこの地に戻ってこようと思う。海外登山とは言っても、地の底を這い回るように泥臭くて、脚光を浴びるような先鋭的でものでもない。しかし、自分の身の丈にあった「冒険」を、この国に見つけられる気がした。

2011年4月28日~5月6日
温泉湧くゴルジュで疲れを癒す この巨大な岩小屋が動き出す
激流に必死のダイブ 上流部連帯最大の滝を越える
卑南主山は目の前だ