※BC(バックカントリー)で遊ぶには十分な装備、知識、経験が必要です。安全に注意し、レベルに合ったフィールドで楽しみましょう。

遠征の記録


2015年3月1日

「知床の断崖に掛かるかもしれない、氷瀑を探して登りに行きませんか?」というお誘いを受けたのが昨年の秋。
シーカヤックで一周したときの記憶を思い出してみると、ウトロから半島の北に向かって20㎞以上もずっと断崖が続いていて、そこかしこから染み出しが小さな滝になっていたのが思い出される。あれが凍ったら、素晴らしいアイスワールドになっているかも!
ヘタをすればはるばる知床まで来て、何も見つからずラッセルのみになる可能性もあるこんなアホな企画に4人のクライマーが集まり、知床の断崖に掛かる未知の氷瀑を開拓して登ろう!というプロジェクトが実現した。

2015年2月20日

知る人ぞ知る沢登り天国台湾。九州ほどの国土に150を越える3000m峰を擁し、地形は非常に急峻。それらの峻峰を縫って流れる沢も高い側壁やゴルジュに守られて遡行は一筋縄ではいかず、アプローチも含めて10日以上か [...]

2015年2月4日

高峰登山といえばまず、8,000m峰14座のうち8座を擁するネパールヒマラヤを思い浮かべるだろう。しかし、スキーに向いている山の情報は意外に少ない。それもそのはずである、インドが大陸にぶつかって隆起しているため急峻な山が多いからだ。それでも探してみると、まさにスキーのためにあるような山を見つけることが出来た。ネパール中西部にある、プタヒウンチュリ7,246mだ。8月21日より45日間かけてスキーツアーを楽しんできた。

2014年11月21日

7日目の朝、僕らはまだ核心と目される地点、沢が一気に180mも標高を上げている場所の手前にいた。食料は残り5日分。下山にどうやっても2日は要するので、この日のうちになんとかして上流部の入り口にある嘆息灣營地(かつて、Jasmineが発見した絶景のキャンプ適地)に辿りつかなくてはならないのだ。

2014年11月18日

遡行4~6日目は核心部に突入。終日ゴルジュの中で過ごす日々が始まった。

2014年11月15日

この渓、Jasmineが学生時代にスポット的に周辺の山から下降して調査し、大瀑布や絶景のビバークサイトを発見している。それ以来、15年間この沢にあこがれてきた彼女いわく「Most beautiful river in Taiwan」だとか。ただ「Too difficult for Tiwanese patry」だそうで、自身の手で初遡行に挑めることを非常に喜んでいた。
地形図のディティールがあまり信用できない台湾では、未知の沢に向うに当たって衛星写真の情報が重要となる。
事前の情報収集では、哈伊拉羅渓はほとんどの場所で樹林帯が川の際まで迫っており、「80%がゴルジュ」の可能性!
期待と同時に、はたして抜けることができるのかという畏れも膨らんでいく。

2014年9月16日

9月16日。久々のベースキャンプは気温も下がり、周囲の草も緑色から茶色に変わってきている。ここ数日、天気も安定しておりモンスーン明けを予感させる。エージェントからモンスーン期間中を提案され、当初は不安であったが、今となってみれば正しい判断であった。2日間ゆっくり休養してアタックに備えた。

2014年9月5日

9月5日。チュレン7,385mから朝日が昇った。これから先のことを考えると、青空が広がっているだけで運が味方についているように感じてしまう。プタヒウンチュリは技術的にはやさしい山である。登頂できるかどうかは天候しだいであるが、ここ数年モンスーンが開けるのが遅かったという情報を聞いているので、不安が募るばかりである。今日は休養を兼ねて装備の確認を行った。

2014年8月31日

カコット3,246mからベースキャンプ4,925mまで標高差1,679m。今回のために富士山3,776mに9回トレーニングで登ったが、ベースキャンプでのキッチン用具や装備など全ての装備も一緒に登るため、高度障害で途中で引き返すわけには行かず一番不安な部分である。そのため、カコットに滞在して十分に高所順化を行った。

2014年8月21日

8月21日木曜日7時45分、ペルー遠征以来8年ぶりの遠征に出発。韓国で一泊してカトマンズに13時に到着。ビザの申請でかなり待たされたが、クスムカングル遠征以来20年ぶりのネパールの地を踏んだ。

2014年8月21日

2014年8月21日から45日間。プタヒウンチュリ7,246mに挑戦してきた。モンスーン真っ只中であるため天候への不安があったがエージェントからこの時期が一番ベストであるとのことでこの時期になった。

2014年6月12日

伝統のレース「FIBArk」に参戦。真のリバーカルチャーに触れる。

2014年6月9日

コロラド川の川幅いっぱいに広がるGlenwoodのビッグウェーブでリバーサーフィン三昧。

2014年6月4日

いよいよコロラドへ。世界最大級のアウトドアイベント「GOPRO MOUNTAIN GAMES」に参戦。

2014年6月3日

コロラド・リバーSUPトリップ。雪融けハイウォーターの天国のようなコロラドで過ごしたリバーSUPトリップの記録。

2014年5月20日

2009年の夏、北日本隊(北日本海外登山研究会主催)でK2に挑むも、天候悪化によりアタック直前のC4より無念の下山。それから4年、今度は縁あって栃木隊にて再びK2に挑む機会を得、2013年6月3日~8月19日の約2ヶ月半でK2の頂きを目指してきた。

2013年8月3日

2013年のK2は条件が悪く登頂者無しで終わった。BCで撤収を決めるも、帰国までの道のりはまだまだ長い。

2013年7月27日

前の記事:2013年K2遠征その⑨_アタック

<BCの位置>
BCはK2の南側、ゴドウィン・オースティン氷河のモレーン上にある。C2からC3手前まではBCから丸見えで、トイレ等も注意しないと双眼鏡ですべて見 [...]

2013年7月26日

いよいよアタック。BCにいる全登山隊がK2山頂を目指し出発していく。

2013年7月14日

万全とは言えないが、最低限の高度順化が完了。アタック適期からの逆算で日程が合わず、ハイポーターのみでのC3設営となってしまったが、これでアタック前の準備が完了した。

2013年7月6日

C1~C2間のルート工作及びC2設営。C2までのルートができ、登頂に向け1つの大きなヤマを越えた。

2013年7月3日

C1へのルート工作。K2登頂に向け、ようやく本格的な登山活動に入る。

2013年6月24日

BC到着後、1日休養し、翌日ABC(アドバンスドベースキャンプ)設営に向かう。

2013年6月21日

キャラバン終盤。8,000、7,000m級の山々に囲まれたキャンプ地コンコルディアにて、ようやくK2の姿を視野に入れBCへ向けて最後の行程を歩く。

2013年6月19日

K2BCまでのキャラバン中盤。パイユからバルトロ氷河に上がり、コンコルディア手前のキャンプ地ゴレⅡまでの二日間。トランゴネームレスタワーやマッシャーブルム、ガッシャーブルムⅣ峰など有名どころが見え始め登山に向けて気分が盛り上がる。

2013年6月15日

K2BCまでは約78キロもの長い行程を、キャラバンで1週間程かけて歩く。そのキャラバンの前半部分。スタート地点のアスコーレ村からジョラ、パイユまでの行程と、パイユでの高度順化についてのレポート

2013年6月3日

2013年6月から8月にわたるK2遠征については現地からの速報は既にブログにアップしておりますが、速報では流せなかった詳細なレポートの第一弾。日本出国からキャラバン開始のアスコーレ村までのパキスタンでの準備や移動についてのレポートです。

2013年5月23日

K2、標高8,611m。世界第2の高峰にして、最も登ることが困難な8000m峰ともいわれています。
finetrackのスタッフの小谷部が、この夏栃木K2登山隊の一員として遠征を行うことになりました。

2013年4月25日

GWに数日休みをプラスして、台湾の辺境のビッグウォール、針山の登攀を計画した。針山はベースからの標高差1400m、ヘッドウォール部分だけでも800mある台湾最大の岩壁だ。
しかし、台湾滞在の15日間、雨の降らない日がないという記録的に不順な天候に見舞われ、ヘッドウォールに触ることもできずに不戦敗。増水で同ルート下降も難しくなったため、 安楽溪から萬里橋溪に継続し中央山脈を超えて下山する9日間のまさに「沢旅」を行った。

2011年4月28日

2011年のGW 台湾東面の大峡谷、大崙渓を9日間かけて遡行してきた。
※2012年SSカタログのスタッフの遊び記録に掲載された内容です

2008年8月10日

お盆休みを利用して隠岐へ6日間の遠征。日本屈指の豪快な海岸風景と、素晴らしい透明度の海、豊かな海の幸を堪能してきた。

2008年4月25日

GWを利用してカナダへ遠征。ハット(無人小屋)ベース&ヘリアプローチの2本立てで、日本では味わえないスケールのバックカントリースキーを堪能した。

2007年8月12日

昨年のお盆は、知床半島シーカヤック1周と羅臼岳縦走で、大自然と海の幸を堪能。味をしめた我々はまだ行ったことのない対馬対馬1周と白嶽登山&岩登りの現地7日間の旅を計画。天候と潮の機嫌を見ながら漕いだり遊んだりしようと、頼りになる仲間たち7名で出発した。

2006年8月11日

好天のカシュニの滝
世界遺産となった知床半島を1周してきた。恵まれた天候と下調べのお陰で、ジェラシックパークの様な絶景の中をシーカヤックで漕ぎ、マスやオショロコマなどの魚を釣り、親子のヒグマや、海鳥、蝦夷鹿な [...]

2005年5月2日

駆け足の日本オートルートとなってしまったが、スゴノ頭あたりの黒部一番の山深さと、黒部源流の素晴らしい白い景色・滑走が出来充実したものとなった。もちろんfinetack製品の性能を十二分に実証でき、また、これからの新商品開発に得るものも大きかった。

2005年4月29日

一緒に焼山ツアーに行った「ひょうご山蹊記」著者川崎航洋氏からの誘いもあり、以前からの念願であった日本オートルートを縦走してきた。人数・嗜好等の状況もあり、川崎氏を含めた2名と、我々5名の2パーティーで協力しながらの縦走となった。